TOP最新号目次次号予告
バックナンバー(NO167〜178)バックナンバー(NO179〜)

INAX REPORT

アーカイブ特集1

No.182 

続・生き続ける建築―4 安井武雄

[本論]石田潤一郎
[作品]大阪倶楽部|日本橋野村ビル|大阪ガスビル
[ドキュメント・ファイル]
 安井武雄はエキゾチックな様式、アール・デコ風の近代性を巧みにバランスさせ、独自で多様なスタイルを展開した建築家です。他人の真似をするのが絶対に嫌だったという安井は、レンガ造の大規模建築をこなす能力が求められていた時代に、卒業設計であえて木造住宅を選び、周囲を驚かせたといいます。卒業後は南満州鉄道に入社し、10年間、中国で設計活動を行います。帰国後、西日本最大規模の建築事務所であった片岡建築事務所に入社、大正13年(1924)には安井武雄建築事務所を開設します。実業家・野村徳七らの支援を得て、オフィスビルなど数多くの作品を残しました。
 自分の個性を発揮し、時代をリードした安井武雄の人間性を見据えながら、3作品を中心に安井武雄建築の本質に迫ります。

No.181 

続・生き続ける建築―3 遠藤 新

[本論]井上祐一
[作品]甲子園ホテル|小宮一郎邸|目白ヶ丘教会
[ドキュメント・ファイル]
 遠藤新は、師であるフランク・ロイド・ライトの建築哲学・有機的建築を追求し、それをベースに、日本に根差した独自の建築を展開した建築家です。生誕120年を過ぎた今なお、日本ではライトと同一視されほど、遠藤の作品には師の面影が生きているのです。遠藤は、東京帝国大学在学中にライトの作品に触れ、衝撃を受けたといいます。そして、来日中だったライトと出会い、渡米します。ライトからは「エンドーサン」と呼ばれ信頼が厚く、帰国後は「帝国ホテル」の建設に携わり、有機的建築の神髄を深めました。遠藤新建築創作所を設立してからは、住宅や学校など数多くの作品を世に送り出し、そこには有機的建築の哲学を垣間見ることができます。
 生涯、ライトの教えを貫いた遠藤新の人間性を見据えながら、3作品を中心に遠藤新建築の本質に迫ります。

No.180 

続・生き続ける建築―2 鈴木禎次

[本論]瀬口哲夫
[作品]旧中埜家住宅|岡崎銀行本店|諸戸氏庭園本邸(主屋)洋室
[ドキュメント・ファイル]
 鈴木禎次は生涯を通して名古屋の発展に尽力した建築家です。当時、名古屋中心部には、禎次が設計した建築が44棟を数えました。それは、名古屋の都市において禎次の存在が大きかった証しであり、ひとりの建築家がひとつの都市にこれほど多くの建築を残した例は他にないと言われています。禎次は、帝国大学大学院卒業と同時に三井に就職し、36歳という若さで名古屋高等工業学校建築科教授、建築科長に就任します。これが名古屋との最初のつながりになります。教員生活の傍ら設計活動も行い、百貨店建築や銀行建築を得意とし、常に先端の技術を導入した建築をつくり活躍しました。
 地元経済界からの信頼が極めて厚く、名古屋に多くの足跡を残した鈴木禎次の人間性を見据えながら、3作品を中心に鈴木禎次建築の本質に迫ります。

No.179 

続・生き続ける建築―1 ウィリアム・メレル・ヴォーリズ

[本論]山形政昭
[作品]軽井沢ユニオンチャーチ|駒井家住宅[駒井卓・静江記念館]|横浜共立学園本館
[ドキュメント・ファイル]
 ウィリアム・メレル・ヴォーリズは明治13年(1880)にアメリカで生まれました。大学卒業の翌年、宣教活動を目的に英語教師として来日し、2年間の教員生活を滋賀県近江八幡で過ごします。その間、「八幡YMCA会館」の建設に携わり、やがて「京都YMCA会館」の建設にかかわったのをきっかけに、建築事務所を設立します。日本での活躍は華々しく、学校から教会、百貨店など、日本各地に数多くの建築を残しました。
 人徳が高く、人間的な魅力にもあふれていたヴォーリズの人間性を見据えながら、氏の3作品を中心に建築の神髄に迫ります。

ページトップ

TOP最新号目次次号予告
バックナンバー(No167〜178)バックナンバー(No179〜)
Copyright(C) 2009 INAX Corporation. All rights reserved.INAX