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INAX REPORT

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『KATSURA』・『桂』・『桂離宮』 石元 泰博

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桂離宮にミースを見た…

石元泰博氏×内藤廣氏
桂 KATSURA 日本における伝統と創造
桂 日本における伝統と創造
桂離宮 空間と形

 「時代をつくった本」をテーマに、建築家・内藤廣氏が著者をゲストに迎え対談するシリーズ、今回は『KATSURA』、『桂』、『桂離宮』の3冊です。桂離宮を撮影するに至った経緯など、写真家・石元泰博氏との2時間の対談です。
 アメリカで生まれ高知で育った石元氏は、農業高校卒業後の1939年、母の勧めで単身アメリカに渡ります。もともと興味のあった写真にのめり込み、シカゴのニュー・バウハウスに入学。写真技術の練習でミースの「レイクショアドライブアパートメント」を撮影したと語る石元氏は、1953年3月に帰国し、その1年後に桂離宮を建築写真として本格的に撮影します。初めて桂離宮を訪れた時の話に始まり、ニュー・バウハウスで学んだこと、3冊の写真集“桂”にまつわるさまざまな逸話、そして「伝真言院両界曼荼羅」との出会い…。ファインダを通して独特な世界を映し出す写真家・石元氏に内藤氏が迫ります。

写真上から

『桂 KATSURA 日本における伝統と創造』ワルター・グロピウス、丹下健三、石元泰博著(造形社 1960)
『桂 日本における伝統と創造』丹下健三、石元泰博著 (中央公論社 1971)
『桂離宮 空間と形』磯崎新、熊倉功夫、佐藤理、石元泰博著(1983 岩波書店)
(以上すべて日本語版)
 『桂 KATSURA 日本における伝統と創造』と『桂 日本における伝統と創造』はイエール大学から英語版が発行されています。また、『桂離宮 空間と形』はアメリカ、ドイツ、イタリア、スイスで出版されています。

飛石と苔
石 苔 石
東南から見た古書院広縁と月見台

対談

内藤  第一印象として、桂はどんな感じに見えましたか?他の建物とは、やっぱりちょっと違いましたか?
石元  違った。やっぱり庭なんだよね。何よりも一体感があった。庭に立つと、黒みを帯びた柱・鴨居・廊下の手すりが分割する建物の構成とか、緑の芝生とビロードのような苔の上を雁行する踏み石、そうしたものに独特のリズムを感じて心地良かった。書院の白壁と、わずかに陰影を持つ白い障子がまず目に飛び込んできて、その時、なぜかミース(・ファン・デル・ローエ)の建物を思い起こしたんだ。学生時代に写真技術の演習でミースの建物を練習台にしたことがあるから、それでかな。ミースのピロティと古書院の縁側が一緒になっちゃった。
内藤  見てすぐに「レイクショアドライブ」を思い出したんですか?
石元  そう、桂に関しては、古い建築というよりも、最初からミースみたいな“モダンな形”をその中に見ていたんだろうね。レイクショアドライブが出来たての時に、建築写真として撮ったのではなくて、あの建物を練習台に歪みを直すあおりの練習をした。僕が撮った建築写真は、それまでそれ1枚しかないんだよ。だから、自分の中では最初からつながっていたと思う。桂については何の先入観もなかったから。建築の写真を専門的にやっていたわけでもないし。
内藤  それでその時、すぐに何枚か撮ったんですか。
石元  いやいや、最初に桂に行った時は、実は何も撮らなかった。
内藤  いつも手放さない例のライカは持っていなかったんですか。
石元  持っていたけど、何も撮らなかった。その次に行った時に、敷石や飛石ばかりを撮って、堀口(捨己)さんに見せたけど。
内藤  堀口さんともお付き合いがあったんですか?いつ頃からですか。
石元  堀口さんも浜口さんに紹介されたんだ。堀口さんに桂の飛石ばかりを撮った写真を見てもらったら、とても褒めてくれた。それが桂の写真集をつくる話につながったんだと思う。とにかく、飛石が写真集のきっかけだったんだよ。


序論・コラム

 序論 建築家/長谷川 豪氏
 コラム1 デザインジャーナリスト・武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科 教授/森山明子氏
 コラム2 グラフィックデザイナー・武蔵野美術大学 教授/原 研哉氏
 
 左写真上から:「飛石と苔」、「石 苔 石」、「東南から見た古書院広縁と月見台」(『桂』所収)

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